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Little Eden



9月5日木曜日

昨日4日は家でビデオでも見ながらゆっくりしとこうと思い、その前の夜、夜ふかしをしてしまった。
朝、二度寝をしてたら、突然目が覚めた。電話が鳴っていたからだ。
それはお母さんからで「ミカと映画でも見に行って来なさい」とのこと。うーん、やはり行かなあかんかー。
と思い、とにかく起きて洗濯して掃除して片づけしてから10:30頃になってやっとぢょぐで実家に向かった。
しかし、心配には及ばなかった。
なんと10:52の汽車で米子に向かったが、3:00に実家に帰って来るまで、喋った喋った喋り続けた。
声がかれるまで喋り続けたのは、なんと久しぶりのことか。
でも、ひとつ気になったことがある。
もちろん、4年前の手術の話もしたけれど、その事から、実はミカちゃん、それにおばさんも「おひかりさん」なるものを信心してるらしい。
むかーしにタゴさんに祈ってもらった類と同じみたい。
私はこの手のものは苦手なので、うやむやにしてしまいたかったけれど、道でつかまって聞かされてる相手ではなく、従姉妹で、今、一緒に行動を共にしてる相手だから、そういうわけにはいかないじゃない。だから正直に自分の気持ちを伝えた。
でも、それ以外ではほんと話が合って楽しかった。私なんて、あんまり話さない小説家になりたいだの、初めての人などは苦手だの、とにかく、おいおい、こんなことまで言うかっていうことまで喋ってしまった。ちょっと浅はかだったかな、と、今では思ってる。
25歳の彼女を目の前にして、子供の頃の面影が少しはあるけれど、そして、昔と中身は変わってない、とは言うけれど、やはり年月が過ぎて行ってるんだと、しみじみ実感してしまった。
あの頃の、ちょっとぽちゃっとしたミカちゃんはもういないんだ。そう悟った時、私はものすごく切なさを感じてしまった。今、この時もあっというまに遙か遠い昔となってしまうのだ、と。

だよねえ、さらにこの日記を書いてから16年くらい経っちゃったんだからねえ。だけど、あの頃も「いつまで生きてられるかなあ」なんて思ってたわけで、それが16年無事に生きてこれたわけだ。ただ、この16年、体調のいい時はほとんどなかったように思う。くじけかけた時も何度もあったし。それでもなんとか生きてきた。これからまた16年後、私はちゃんと生きてるだろうか、と、今また思う。できればもうここまでくる16年の間に私の身体に起きたような痛いこと、苦しいことは起きて欲しくない…とは思うけれど、やっぱり多少は何か起きるんだろうなあ。それが生きてるってことなんだろうから。

それにしても、ミカちゃんとのこの時のひととき。あんまり楽しかったという記憶がないんだよね。確かにいろいろ喋ったという記憶はあるんだけど。何の映画見たのか、お昼はどこで何を食べたのか、そういうの書いてないんだけど、それらもまったく覚えてない。ちゃんと書いておけばよかったな。あと、その信心のこと。そういえばそうだったなーと思い出した。ただ、思うんだけど、職場のタゴさんにしても、おばさんたちにしても、そういうの信仰して祈ってるはずなのに、二人とも幸せを歩んでいるとは思えなかったんだけどなあ。タゴさんのお姉さん夫婦なんかも祈ってあげてたはずだと思うんだけど、ガンで二人とも死んじゃったし、おばさんにしても、夫婦仲が悪くなって離婚したくても別れてくれない状態らしいし、従姉妹のミカちゃんも子供ダメになっちゃったわけだし。だから、私はどうしてもああいった信仰は信じられないんだよね。祈ったって、なにしたって、どうにかなることなんてないんだって。

2014年11月4日現在。その後、タゴさんはどうなったかわからないけれど、ミカちゃんは無事に子供産んだし、なんと、叔母さんも叔父さん亡くなって、残された遺産でいっぺんに大金持ちになったから、叔母さんがますます宗教にはまってしまったのはしかたないかなとは思う。けれど、それをわたしたちまでに強制してほしくないよね。叔母さんは良かれと思って姉であるわたしの母もその道に連れ込もうとしているようだけど。ただ、母も乳がんになってしまって、叔母さんにそういうことをさせてしまう状況になってしまったのは、これもまたしかたないことかなあって。けれど、父のストレスがなくなったとたん、今度は叔母さんの宗教のことでストレスになってしまったら本末転倒だよなあ。






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