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Little Eden



7月29日土曜日

ああっ!久々のフラストレーションに私は神経が持つだろうか、と、まるで、他人事みたいに心配しているわけですが…。
私は運命とか奇跡とかを信じてる、いや、信じたいと願ってる人間なので、なんとか、この作品のおかげで、やる気が出たぞ、と、ようやく「出会い」というものが私にも来たか、と信じたいのです。
あまりにも「耳をすませば」の主人公が、私の子供の頃に似ていて、見ていて、涙が出そうで、それに耐えようとしてつらかった。
今でさえも思い出して目頭が熱くなってくるんだもの。
特にあのシーン。
聖司がバイオリンを弾いて、無理やり雫に歌をうたわせる場面。
どうして、私とあの人の想い出のシーンが他の誰かにも考えつくのだろうと、腹立ちよりもむしろ純粋な驚きの方が強くて、あまりにリアルすぎて、これまた涙ぐんでしまった。
そして、どんどん自分の夢に向かって確実に進んでいく彼と、いったい何をやってるのだろうと、自分をなさけなく思う自分を比べて悩む主人公。
あの頃は何にも思わなかった。だって可能性にあふれてたもの、自分に対して。
でも、現在の私は確実に聖司と雫との間のへだたりと同じ状況に陥っている。
雫はあの頃の私、というよりは、今現在の私の姿にだぶって見えると思う。
この原作を書いた人は昭和37年生まれの人。私と一歳しか違わないんだ。
そう思うと、やっぱりこのままじゃいけないんだ、って、大きく叫びたくなる。
今日の他の出来事はまた今度にしよう。
あまりにショックが大き過ぎて、他の事が考えられないんだもの。

当時「耳をすませば」を見た時の衝撃はかなりのものだった。私も雫みたいに歌わされたことがあったよなあって。あの時の彼の強引さは私に勘違いさせるに足りるものだった。けれど、聖司と雫は両想いだったけど、私と彼はそうじゃなかった。少しはその気になってくれたかなとも思ったけれど、結局は彼は私を友達以上には見れないと気づいたわけだし。もっとも、それも本人から聞いたわけじゃなく、私の友人が彼に聞いたと聞かせてくれたわけで。真実はどうだったかはわからない。ただ、やっぱり彼の特別にはなりえなかったことは確かだ。彼にとって特別であれば、後に再会できたと思うから。それがなかったということは、私たちは結ばれる運命じゃなかったということ。それはもうしょうがない。






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