2009年11月20日(金)08:51
曇り。

昨日は昼前に旦那が出勤していき、私はいつものように11時半くらいからご飯食べたり出勤の準備したりしていて12時くらにいなって息子からメールが入った。一言「内定確定」というメール。おお、合格したらしいぞということで、「おめでとー。で、何時頃帰るのか教えて」とレスしたんだけど、それ以来息子からはメールがこない。私はそれから仕事に出て、昨日は5時で終わったんだけど、その5時になった頃に息子からメールが入り「今帰る」とだけ書かれていた。えー今帰るって、どこから?まさか今から岡山を出発するってこと?ということで「今どこにいる?」とレスしたんだけど、またしてもすぐにはレスが帰ってこない。それから私はプラントに買い物に行こうと仕事場を出たところでメールがきた。「家」って。ええーもう帰ってるのーとなって今度は息子のケータイに電話をかけた。そしたら、もう戻ってるとのこと。急いで買い物して戻ると、ババさまもきてた。息子に聞くと、向こうを出たのは1時半くらいで、最初にメール送ってきたのは余子駅についた頃だったそうな。それから学校に戻って先生に挨拶して、置いていた自転車に乗って戻ってきたという。なーんだ、そうだったのかー、と。なんかいろいろお土産買ってきてくれてた。自分のお土産にはモモのケータイストラップ。またかわいいのを買ってきて。息子も好きだよなあ、ああいったのが。(笑)






ところで、息子とのメールのやり取りで思ったことがある。

私の文章は読みやすいと言われたこともある。けれど、ぐしゃぐしゃな文章だとも言われたこともあるし、どちらかというと、私は文章はヘタクソだと思う。中学生の頃に国語の先生に提出した作文の評価が「何が言いたいのかわからない」というものだったこともあり、あれ以来は少しは文章も上達したんだろう。曲がりなりにも地元の文芸賞で奨励賞だの佳作だのいただいたこともあるわけだから、そんなに酷い文章ってことはないだろうから。けれど、基本、子供の頃から私の書くスタイルって変わっていないとも自分では思っている。

文章が読みやすいから読んだ人が私の書いたものを理解しやすいかといったらそれは違うのだろうけれど、印象的には「読みやすい」イコール「理解しやすい」だとは思う。けれど、私の書くものって説明過多なところがあるんだよね。余計なことをいっぱい書きすぎる。シンプルに書けばいいのにそれができない。なんでもかんでも詰め込んで書いてしまうところがある。あと、だんだん話がズレてきたり、あっちゃこっちゃと飛んでしまったりして統一感もなかったりする。それはまあ、自分の思考をそのまま垂れ流しているような書き方だからなんだけど。それって他人に理解されようと思って書いているわけじゃないってことだよねえ。いや、別に理解されたくないと思ってるわけじゃないんだけど。ただ、こういう書き方が私にとっては一番自然な書き方だってことなんで。私はこういうふうに書きたいからこんなふうに書いているというに過ぎない。昔はそれでもここまでの垂れ流しってわけじゃなかったと思うから、たぶん昔に比べたら、今のこの書き方はひどく読みにくいものになってるんじゃないかなあ。文章の書き方なんてまったく考えずに書いてるから。なんか文法上のものすごいタブーも犯してる気もしないでもないし。

で、本題に入るんだけど。(笑)

書かれていることを理解することで昨日はひとつ考えたことがある。それは、就職試験で二泊した息子のメールで思ったことなんだけどね。内定をもらったというメールが昼に届き、私は「いつごろ戻るか教えて」と送った。今思うと「いつごろ戻るか」ではなく「いつごろそこを出発するのか」と送ればよかったんだなあと思うのだけどね。それへのレスはすぐには来なかった。私はそのまま仕事に出て、仕事が終わる頃、もう夕方になった頃に「今帰る」とだけのメールが来たわけだ。私は「今帰る」というのを「今から帰る」と思って「えー今から出発するのー。だったら家に着くのって何時になるんだよー」となったんだけど、実は、息子はすでにこっちについていて、駅からそのメールを送っていたのだとあとで知った。それを知らない私は「今どこにいるの?」とメール送り、息子からはその20分後くらいに「家」という一言だけのメールがきた。で、思ったんだけど、最初に息子がメールしてきた「今から帰る」の時に「今駅についた。これから学校に行ってから戻る」とでも打ってくれれば、その後の悶々とした気持ちといくつかのメールのやり取りはなかったのになあと。メールって詳しい内容って送らない傾向があるような気がする。そりゃあリアルタイムにやり取りするのならそれもいいんだろうけど、今回の場合だとだいぶタイムラグがあるんだから、少しは事情ってもんを書いてほしいよなあって思った。私は、一番最初に息子が内定もらったというときにでも、できればメールじゃなくて電話でいろいろ話したかったんだけど、息子が今どういう状況かがわからないんで電話はできないなと思ったんだよね。もしかしたら、まだ会社の人と一緒なのかもしれないし、そんなときに電話で話すってことはできないだろうからってことで。その後、すぐにレスがこなかったこともあって、やっぱまだ自由時間になったわけじゃないんだろうと思ってこっちも何もリアクションしなかったんだけど。私もその後は仕事で電話なんてできる時間ないし。でも、息子は1時過ぎにはもう特急に乗ったわけなんだから、その頃にはメール送れるはずだから、特急内からでもメール送ってくれればよかったのになーって。

「読みやすい」と「理解できる」とは違う。短文で的確な文章だからといって相手に伝わるとは限らない。読みにくそうな長文であっても、すんなりと理解できる場合もある。ちゃんと伝えたいことは、理解できるように場合によっては相手の理解度に合わせて伝達はしないといけないけれど、私がウェブで書くことは、そのほとんどが誰かに理解されたいから書いているわけじゃない。こんなふうにブログなんかで垂れ流しているものは、たぶんひとつも誰かにわかってほしいから書いてるものなんてないはず。だから私は書き続けることができる。そう思う。理解されたいと思った時、私の書く手は止まってしまうんだろう。

と、私は思っているのだけれど、さて、ここを読んだ人で、私の書く文章が「読みやすい」「いや、そうじゃない」と思うのか、それとも「理解できる」「いや、できない」と思うのか、どう思ってくれるのか、それはちょっと興味あるなあとは思うんだけど、ここで問いかけてもねえ、ライブドアブログでアンケートに答えてもらえなかった苦い経験もあるということで、問いかけるなんてことはしない。きっと、また誰も答えてはくれないんだろうから。文字でのコミュニケーションはもう諦めた。








画像提供サイト/Pearl Box

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