2004/4/19(月)雨のち晴れのち雨のち暑い(爆)


中島さんの日記を読んでふと思ったことなんだけど、一人でいるってことがイヤで同じ仲間同士で一緒にいたいと思っているのは、もしかしたらそれはそう思い込んでいるだけで、みんな本当は一人で立っている人をうらやましく思っているのじゃないかなあって…。
もちろん、これも全ての人がそう思ってるというわけじゃないと思うし、大勢の人の中に自分がいるのを安心していられるっていう人だってちゃんといるはずだとは思いますが。

この間、下のAさんの葬儀に行くときにも、誘ってもらえたから皆さんと一緒に車に乗って行ったわけですが、確かにとても安心でしたよ。といっても、家を一歩出るまでは、この服装でよかっただろうかとか、いろいろ気に病みもしたし、あと待ち合わせの時間を聞いてはいたけれど、出棺の時の時間がズレてイヤな思いしたこともあって、どれくらいの時間に外に出たらいいのだろうかと考え込んでしまってまた胃が痛くもなりましたが。(爆)
あれってね、この時間にこの場所に───ってわけじゃなかったし、時間キッチリに出てきてもいかんわけでしょ。けれど、早く出すぎても、そこらへんでボーッとしてるのも居心地悪いし。まあ、それはそれでいいんだとは思うんだけど、私自身がそういうのがイヤだから、だから家を出たときに、皆さんも家を出てくるっていうのが理想だなあと思ってるわけです。とすると、誰か出てきたかなってジーっと耳をすませて音がするのを待つってことになる。それもまたなんだかなーとは思うんですが。

なんというか、万事にこんな感じなので、だから待ち合わせて誰かと行くっていうのがイヤなんですよね。
けれど、それならそうと、たとえば他の人と格好が違ってても、それを恥かしいとは思わない心の強さを持ってなきゃならないんですよねえ。
中島さんが『ひとりだちの自我』という表現をしていましたが、それと同じようなことかなあとも思いました。

『みんなが同じように考え、同じように行動し、同じセレクトをすべきである、しなくてはならない、それをしない人間は攻撃してかまわない、とするいまのこの社会は非常に危険な方向に向かいつつあるんだと私はずっと思っています。』 by 中島梓

↑の言葉を読んで思ったんですが、今回のPTAのことにしても、私はどちらかというと普通の親とは違う考えを持っていると思います。
まあ、だからといって、うちの地区の人たちが私を攻撃するということはないのですけれどね。ただ、攻撃はないにしても、強要はしてほしくないとは思います。いろんなことで。
はっきりいって私はPTAの活動を是とは思っていないところがあるので、本当いうとそれに従って活動をしたいとは思わないわけで。

あのPTAというものも、子供が学校にいれば強制的に加入させられているような気がします。選択で入らなくてもいいということにでもなればどんなに気が楽か知れないです。
なんというか、うまく言えないんですけど、昔からそうだったのかどうか知りませんが、今のPTAの活動も、そして学校の教育も、どうも子供のためになっているようには私には思えないんですよね。

この間の、差別やいじめの授業を見て思ったんですけど、ああいう教育で本当にいじめがなくなると信じてる先生に、少なからず幻滅をしました。

まあ、だからといって、私は先生になれるかと言えばなれるわけじゃないんですけど、なんか違うんだよなーと。もちろん、あの授業だけでその先生の資質を決め付けてしまうのも乱暴なんですが、それでも、少なくとも私にとっては「なんか違うぞ」と思ったってことで。

まあね、先生っていうのは選べませんので。

昔、こっちの先生じゃなくて、あっちの先生に理科を習ったら、絶対に成績が上がるのにな〜と思っても、自分の先生は自分がいいなあと思っている先生じゃなくて、結局頑張る気力もなくなってどんどん成績が下がってしまったということがありました。
何だか、昔と違って中学でも選択教科があるらしいのですが、先生の選択制っていうのもいいのになあなんてことを思っちゃいました。

つか。中島さんの言葉から、かなりハズれてしまったような気もする。ま、いっか。(爆)

ああ、でも、この言葉は私の言いたいことにも通じるんじゃないかなと思いましたよ。

『自分の頭で考え、自分ひとりの考えを確立するためには、まず確立された自分自身、というものを作り出さなくてはならないし、いまの教育も社会もすべてがそれをむしろ歓迎しない、というメッセージを出してきつづけているんですから。』 by 中島梓

中島さんも言ってましたが、集団から切り離されても、ちゃんと自分の頭で考え行動するってことができるためには、やはり、子供は守るのではなく、辛い現実を突きつけてみせるのが一番だと思うのです。
保護するのではなく、辛い経験をさせることも大事なことだなと。一度、PTAとかやめてしまえばいいのになって思います、極端な話なんですけども。(^^;

というか。

ほんとに中島さんの言われるように、

『「群衆を遠く離れて」誰もいない深い山の見渡すかぎりの新緑の中にでも行きたくなる』

って私も思いますよねえ。

まあ、この言葉は、例の人質事件のことで発せられた言葉なんですけれども。(^^;

なんというか、みんな騒ぎすぎ───というか、マスコミに踊らされすぎ。つーか、そのマスコミもね、良心的なところでさえも、ガンガンにあのことばかり取り沙汰して、いいかげんウンザリしてしまいました。
自己責任で行ったのでしょうから、捕まってしまったことに同情はしてもただそれだけだし、もし命を落とすようなことがあったとしても、それだってかわいそうにとは思っても、しかたないことだよねとしか言いようがない。もっと冷たい言い方をすれば、行ってはダメだと言われているところに行ったわけなんだから「考えなしだったよね」と、やはりどうしても思ってしまうのは致し方ないと思うんですよ。
けれど、だからといって、それをガンガンに(当人、家族共々)誹謗中傷することは、さらにもっとけしからんことでしょう。
誹謗中傷してる人たち、なんであんなに自分のことじゃないのに熱くなれるんでしょうね。人のことなんてどうでもいいじゃないですか。自分のこともっと考えなさいよって言いたいですよ。それともそんなに暇なのかねえ?

そういえば、昼から実家に行ってきたのです。この間借りたふくさや数珠を返しに。
その前にババさまんちにケータイの充電器を持っていきました。結局今まで使っていたプリケはババさまに使わせることにしました。
でまあ、実家に行って少し父ちゃんと世間話して、それから母様のゆがいてくれたふきのとうを持って帰りました。ふきのとう、冷奴を食べるみたいに醤油とかつおぶしをまぶして食べたらおいしかったです。

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そんなわけで夜は8時から市民運動会の実行委員会に行ってきました。

私は今年もまた救護班をすることにしたわけですが、考えてみたら今年から新しい養護の先生なんですよね。もらった名簿見て思い出したんですけれど。
でもやっぱり今年も小学校の先生は代表の方が来ただけで、養護の先生は来てませんでした。ということで、実行委員長の説明の後の各係ミーティングも救護はなしってことでそっこーで帰っちゃいましたが。一匹狼の私にはなんともやりやすい係です。(爆)

人に言わせれば救護はエライぞ〜ってことですが、確かに、当日ずーっと本部席で養護の先生の傍についてなきゃならなくて大変っちゃ大変ですが、大きな怪我がない限り、結局ほとんど先生が仕事されるわけです。(キズの手当てとか)
まあ、何もせずに座ってるだけっていうのがイヤだったら辛いでしょうね。ぼーっとしてるだけですから。

まあ、なんにせよ、少しは気が楽です。何度もしてるから。でもま、ペアの先生がよく知った人じゃないっていうのがいつもと違ってて、少しプレッシャーかなあってことで。
そうそう、息子と同級だったNさんのお母さんも来ていていました。そのお母さんは私とも同級です。

そういえば、↑のほうでも書いてましたが、今夜の集まりでは私靴下をはいていかなかったんですが、それでちょっと居心地悪い思いをしました。まあ、別に人と違う格好というわけではなかったんですが(他にも靴下はいてない人いたしね)、ただ、自分の足の裏があまりキレイじゃなかったってことに気づいたんですよねえ。
集まったところは公民館なんですが、大広間にゴザをしいてそこにみんな座ってるわけですが、スリッパ脱いで座るから足の裏、他の人にバッチリ見えちゃうでしょ。しまったーと思いましたよ。(^^;
でまあ、横に座ったNさんなんかはちゃんと靴下はいてらしたんですよね。。。だから、座ってる間中、わたしゃ居心地悪くて早く終わってくれーっと思ってました。なんだかなーって感じ。。。私って自意識過剰なんでしょうね。


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