2004/2/17(火)雨のち晴れ、風すげー強し(><)


2000年の今日の日記にも書いた話題なんだけど、うちの市の中学は給食はありません。
でもね、この間中学の説明会でこんなこと言ってました。購買があるんですけれど、そこではパンを売ってるわけです。それは私がこの中学だった頃からありました。あのタマゴパンが好きでね〜。メロンパンも大好きだった……や、そーゆーことではなくってぇ。(^^;
でもまあだから、昔からパンとかは買えたわけなんですれど、今では何ですか、お弁当も売ってますよ〜って。その話を旦那にしたら「弁当売るくらいなら給食にすりゃいいのに」まったくだ。うんうん。なんか間違ってるぞ─と思った天慈さんでした。

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えーと。本日の画像はですねえ。あたしの愛機ゲクト1号を撮ってみました。(^。^)v
へへへ。実は〜友達から写真写せるケータイもらったんです。で、それを取り込む機器を買いに日曜日に電器屋さんに行ってきたのです〜。ほんというとね、けっこう前にもらったんだけど、旦那が休みのときにしか電器屋さんに連れて行ってもらえないから(だって、私にゃどれ買っていいかわかんないんだもん^^;)この間の日曜にやっとこさ買えたんです。(^^)
ところが、今回が三回目の電器屋通いでした。(爆)
一回目買って帰ったら、旦那の写メケータイにしか対応してないやつでした。んで、二度目に行ったときは、種類が違うやつでした。そいで、この間の日曜日にやっとこさ私がもらったケータイに対応しているリーダをゲト♪
そいで、やっとこさ今日画像UPができたということです。くれたキミ、ありがとね〜ρ(⌒◇⌒)ノ
これからいろいろ写してUPしたいと思います〜。(いぇい)

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そういうことで、最近またちょっと忙しくて、中島さん日記も読みにいけてなかった私ですが、たまたま今日読んだ日記に吉野家の牛丼の販売中止のことが書かれてありました。

ふむう…まあね、正直言ったら私としては吉野家さんの牛丼が食べられなくてもどーでもいいやっていうのがあります。つい最近ですもんね、吉野家さんの牛丼食べるようになったのは。ジジさまが亡くなった後だったんで、それこそまだ3年くらいしか経ってない。
最初は「すげーうまうま〜」とか言いつつ、値段の割には腹持ちはするしっていうことで、なかなかいいもんだな〜と思っていました。で、今でも確かにたま〜に食べたくなるわけですけれど、だからといってなければないで別に困らない。中島さんの言われるようにまったく牛丼自体が食べられなくなるわけじゃないもんね。ただお店が中止にしちゃっただけで、牛肉はスーパー行けばあるわけだし、それで作りゃすむわけだし。
確かに、昔給食で食べてた鯨の竜田揚げに関しては、食べられないな〜と思うと、ちと淋しかった時代もありました。なんで〜食べさせてよ〜なんて騒いでたりしてね。(私が、よ?)(爆)

けれど、そんな私ではありますが、基本的に食に関しては淡白です。(という言い方もヘンなんですが)

執着しないっていう感じかな? そりゃ好きな食べ物は食べたい欲求ってものも人並みにあったりしますけどね。
つまり、なんというか、「ないない」と世間は騒ぎすぎ。というか、マスコミのせいですかね、あれって、やっぱり。そりゃね、そのお仕事につかれている方にとっては死活問題ですから、お気の毒としか言いようがないのですけれどね。でも、だからって大騒ぎするのもどうかと、しかも外野が───なんて思った天慈さんですた。

それにしても。その次の日に書かれていること。

まあ、その狂牛病にからんだ話からの発展なんですけど。中島さんの「あずさのアドヘンチャー'80」は私も持ってて読んだんですけど、そういえば確かにブラッドベリのこと書いてましたよねえ。細かい内容は忘れてますが。(爆)

繊細な詩人の魂を持つブラッドベリでさえも、日本とアメリカは魂の兄弟だとか言いつつ、アメリカの53番目の州になればいいなどと言うんですからねえ。きっとね、それを言われた側がどんな気持ちになるかなんてわかっていないのでしょうね……わかってたら言いませんものねえ。
けれど、中島さん曰く、彼のある小説には、異文化に対してアメリカ人にしては珍しく怖れや憧れ魅惑を感じていたということがわかるような内容が書かれてあったということですが。けれども、先ほどのようなことを言うということは『骨の髄までアメリカ人なんだな』と中島さんは言ってます。
ただ、日本人ってそういうアメリカ人とは違い、骨の髄まで日本人ではないからダメなんだろうなって。まあ、私の気持ちとしては、まったく骨の髄まで日本人じゃない人がいないわけじゃないとは思うけどね。きっとそういう人はいると思う。

『やはり異文化との接触というのは、彼我の根本的な違いを認識し、「理解しあえない、し得ない」というところを前提として出発しないかぎり、つまり「理解しあえる」と思ってしまっているかぎり、決して理解しあえないだろう、という非常に矛盾をはらんだところがあると思いますからねえ。』 by 中島梓

これって、異文化だけじゃなく、人間関係でも言えることだなって思いました。ということは、ちゃんと自分というものをしっかり把握して、それで相手と自分との違いというものを認識して認めてあげることができれば、ちゃんと人間関係っていうものは確立できるのかなあって。
でもまあ、人間っていうものは矛盾の塊です。そして、それでいいと私も思うんですが、いかがなものかしら?

そういえば、その中島さんの日記に書かれていた息子さんがポロッと言った、

『じゃあこのご飯の茶碗の中に人間の骨の粉が入ってたとしたらどうよ』

という言葉で思い出したこと。(全然その話とは違うんですが^^;)

まあ、その話に行く前に、その中島さんの息子さんのその言葉で、中島さんも、つまりそういう牛の肉骨粉を牛に食べさせていたということがイヤだったということなんですが、私もそれはちょっと〜と思いましたもんね。完全に共食いじゃんそれって。で、中島さんの息子さんがそういうふうに言うのも無理ないわな〜。

だって、食べられます?人間の骨の粉が入った食べ物。

牛や、あと豚だの鳥だのも農薬付けみたいな感じにさせられてさ、人間だけはそういう家畜とは違うんだぞ〜なんて、それって究極の差別じゃん。すげー人間って傲慢だよね。何もさ、食べるなというわけではなく、もっと謙虚な気持ちで「ありがたくいただく」という発想はできんものかなって。そういう気持ちがあれば、家畜にああいう非道なことできないと思うし。稼ぐことが悪いとは言わないけれど、あんまり贅沢なことを望みすぎだと思う。普段はつつましく食事して、たま〜に贅沢するのが一番だと思うけど?
昔はそうだった───とまあ言うと年寄りみたいでいかんかもしれんけど、でも、それが本当だと思う。今の時代の食文化って、やっぱよくないよねえ。

てか、その思い出したことなんですが、旦那にいろいろなんかかんか言われたっていうのを日記に書いたわけですが、その中で人間の骨の話になったんですよ。
なんの話からだったかなあ……ああ、そうそう、菜食主義の話だ。肉は絶対食べずに野菜だけ食べるっていうのもヘンだよねっていう話を旦那としていたんだけど。

私は菜食主義に詳しくないので、ただ同じ動物だから肉は食べないってことなのかなーと単純に考えていたわけなんですが、それを言ったら、植物だって立派な生物で、中には人間のように意思があったりするわけだから、それを食べるのもまたおかしくないかなって。
けれど、そんなこと言ってたら、人間は何も食べれなくなるわけで、だから菜食主義で肉を食べないのも何だか偽善者みたいだよねって思ったわけです。なんというか、食べないのも自然の摂理に反しているなって。食べて死んで土に還って───そうやって自然界は成立していくわけで、やっぱ「ありがたくちょうだいして」それで自分たちも土に還って肥料になればいいと思うわけなんですが。

でね、これは私が完全に思い違いしてたんですが、私は土に還るっていうのは、土葬しなくちゃならんのじゃないかなーって思ってたのですよ。ですから、今はほとんどが火葬してるから「ちっとも土に還ってないじゃん」って言ったんですよね、旦那に。そしたら、またしても呆れられてしまいました。(爆)

火葬にしたあとの骨の粉は土に還すじゃないかって。

え〜あれって……ああ、そうか、確かに全部を骨壷には入れてなかったよねえ。そっか、じゃあ、残りの骨はどこに捨てるんだろう……いい加減なとこには捨てられないよね。ちゃんと決められたところがあるんだろうね……っていうことを疑問に思ったんだけど「知りたければ火葬場にでも電話して聞いてみたら?」と───そんな〜聞けないよ〜(ドラえも〜ん)(爆)
むむ…物書きならば聞かなくちゃならんわな、確かに。。。ネットで調べられんものかな〜。(マテ)

んで、骨を土に還せば、それが立派な肥料になるんだ。だから、ちゃんと人間も自然に貢献しているんだってことだったんだけど。
そういうこともわかってない天慈さん、しっかり旦那さんにお説教されちゃいましたよ。σ(^◇^;)

あ、でも〜中島さんに突っ込み。(爆)

この間TVでも言ってましたけど、砂糖は身体には悪くないんですよ?まあ、中島さんの場合はアレルギーがあるらしいので、それは悪いのかもしれませんが。適量の砂糖は必要なんですってば。
初めて中島さんに突っ込み入れちゃった。ガクトさんにはいっぱい突っ込み入れてるけどさ〜。(爆)

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でまあ、本日拾ってきたこの言葉。いつもこんな感じの言葉はいつも中島さんからはもらってきているのですが、私も何度繰り返し紹介しようとも、そしてそれを誰かに呆れられようともしつこく掲げていこうと思います。(なんのこっちゃ)

『わからない人には一生わからないな、それをわからせようとしてても自分の残り少ない時間を無駄遣いするばかりだな、って思うようになったし。やっぱり自分は自分で守ったり大事にしたりしてやるしかないんですねえ。』 by 中島梓 2/16の日記より

とはいえ、私も間違いなく中島さん他の方々を「こんな人」というふうに決め付けて見ていると思う。
私は結局のところ、どうも他人のことをよく見極めれてないのかもしれないと思うことがあるもの。中島さんが「お元気ですね」と言われるのが嫌であるということも、たぶん、そういう人はたくさんいるんだろうし、かくゆう私もけっこうそういう傾向はあったりするかもしれないのですが、それでもやはりどうしても元気そうな人に対しては「元気だね〜(^^)」(←にこちゃんマークがあるのは、嫌味ではなく心から元気そうでよかったよかったという意味なんですけどね)と言ってしまう天慈さんではあります。

そうですね、私も過去、中島さんに対して「お元気そうで…」とメエルを書いたかもしれない。で、その言葉が中島さんの心にグサッと刺さったかもしれない、とは思うんですが、だが待てよ、ここでそれを想像してズーンと落ち込むことはないんじゃないか?

中島さんも日記で書いていらした。誠意があるか口先だけかは伝わってしまうものだって。

私は自分は心からそう思ってそう言っているつもりなので、きっと私の気持ちも中島さんに伝わっているはずだ、いや、絶対伝わっているだろうと、そう信じていればいいんだって。落ち込むこと自体、自分や中島さんを信じてない証拠じゃあないかって。
私もね、そろそろね、人を信じるってこと、自分を信じるってことをしなくちゃあならないね〜と思いましたですよ。はい。

でも、やっぱり私は、ちゃんと相手を見ているだろうか───と、不安になったりしますです。(×_×;)ダメじゃん。。。

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今日はそういうことで、朝雨だったのですが、ものすごい風が吹いてたおかげで雨雲がどっかにいってしまい、昼から晴れちゃいました。ので、階段掃除の当番だったので、掃除してきましたよ。その折り、いろいろ写メケータイでパシャパシャ写しちゃった。も〜おもちゃもらった子供みたいだね。(^^;


2004.02.17 15:46



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