03/04/15(火)晴れ。春だね〜。。 00:47 久々に夜中に日記更新です。(笑) とにかく今ちょっと興奮しているので。(^-^) 書きたい気持ちが募っております。お付き合いくださいませ。(ごめんね、長文なのー^^;) またしてもその「小説道場」のことに絡めた話なんですけども。思わずガクトさんにも関係ある話なんですよお、そこな奥様っ。(え?) 「小説道場」当時、私も一気に読んだのですが、とにかく、この「小説道場」を読んだのがきっかけで、中島さんにのめりこんでいったというところがあります。 厳密に言うと。きっかけは「小説道場」ですが、本当にはまっていったのは、「アマゾネスのように」という彼女の闘病日記みたいなものを読んだからともいえます。 ただ「アマゾネスのように」も「小説道場」を全巻そろえようとして、それを求めて古本屋巡りをするようになったから見つけたということなので、やはり「小説道場」が中島さんに心酔していくきっかけとなったことは間違いありません。 彼女の小説はSFが好きだったのですが、今は特に現代物が一番好きですね。ファンタジーが一番有名ですが、どちらかというと私はファンタジーよりもSFが好みなので、昔よりは彼女のファンタジーも好きではありますけど、一番好きというわけじゃないです。(爆) さて、この「小説道場」なんですが、自称中島フリークの私と豪語してるということもあって(叩かれそうだな^^;)旧版も押さえている私です。(爆) たぶん友達が読んだのは新版ではないかと……と思ったらば、やっぱりそうだったみたいですね。(^^;;; 旧版を読んでみたら、新版とはまったく違うことが書かれてました。というか、旧版のは1986年に書かれたもので、新版は1992年に書かれてましたから。 この両方のあとがきを読んでみて、何となく雰囲気違うなと思いました。まあね、さらに92年よりも現在の彼女の気持ちもまた変化しているようだし。サイトの日記を読めば一目瞭然だし。それはやっぱり去年の「あの事」が大いに関係しているとも言えるし。なかなか言明できないのが辛いとこだけど、まあ詳しく話すのもね、関係ない人にはどーでもいい話だからさ。(^^;;; というか。旧版のあとがき読んでると、なんかすごく楽しそうなことやってるなーっていうのがありありと感じられて、とても微笑ましいんですよね。(^^) 彼女がいかに小説が好きで好きでたまらないかが溢れててね。で、この言葉にひどく感銘受けてしまいました。
ではそれはなぜか。つまり、彼女はこう言ってるのです。
でね。彼女は小説書くことを他人のために書いているわけじゃない、本に載るために書いているわけじゃないって言うんです。つまりは、自分のためだけに書いていると。彼女は自分が一番読みたいものを自分のためだけに書いているのです。それがたまたま認められて、それで作家としてデビューをしてしまった、ただそれだけのことだと。 こういうことを言明すると、必ず他人はそれを叩きます。現に私は叩かれているのを目の当たりにしてきました。 「たまたま作家になっちゃった」と軽い調子で言うと、それに対して攻撃的な見方をしてしまう人が出てくるのですよね。それはまあしかたないことだと思いますけども。 どんなにがんばったって認められない人、デビューできない人から見れば、お遊びで書いたものが認められて軽々と作家デビューした人のことに対して何とも言えない気持ちを抱くことでしょう。 実は私も、過去、執筆仲間に嫉妬を抱いたことがあります。(^^;;; 私も小説で佳作をいただいた身ではありますが、それは地方のものであり、中央の有名どころの賞ではなかったために、ちょっと卑屈になっていたわけですね。で、仲間の一人が、中央で一次に通ったと聞けば、メラメラと嫉妬が。(^^;;; 今では、そういう嫉妬する自分を「ばっかみたい」と思えるようになりましたが。 やっとのことで、そういうくだらない嫉妬心が拭い去れたような気がしています。これも、たぶん、去年からこっち、書けないというスランプに陥ったおかげなのかなと。書けなかったけれども、いろいろなことを経験しましたもの。ここではいちいち書きませんけども。 でね。今日やっと以前サイトで書いていた、タカビー日記(爆)をまた書こうと思うに至ったのは、その彼女の「小説道場」のあとがきだけでなく、今私が最も愛を注いでいる(笑)ガクトさんが、私が最も尊敬しているその彼女と同じようなことを言っていたということを知ったからなんですよ。(^_^)v ああ、それではやはり、私は彼女のこともだけど、ガクトさんのことも、その容姿とかそういうの関係なく、その「心」「魂」に惹かれたのかなあと。 もちろん、ただTVとかでチラッと見て、それで「あらーかっこいー♪」と容姿から入ったことは否定しませんが。(爆) でも、容姿だけならば、ここまで「すきすきすき〜♪」とはならなかったと思います。ガクトさんを知れば知るほど、「この人には何かある」「この人の考えに何か惹きつけられるものがある」という、予感みたいなものを感じたわけですね。 で、今日という日(あ、もう過ぎちゃったか^^;)に中島さんの「小説道場」のあとがきに書かれていたことと、ガクトさんのインタビュー映像で語られていた彼の言葉が不思議にも一致したということで、私はまたしてもシンクロっちゃったなーと感動したわけです。彼もまた、こう言ってました。
わかります? 中島さんと同じことを言ってるって。 彼は「音楽だけしかない」とか「音楽で金を稼ぐ」とか、そういう気持ちで音楽をしているわけではないと、そう言ってるわけです。つまり、音楽はひとつの表現手段であると、そう言いたいわけですね。仕事だとかそういうふうに思っているわけじゃないんだと、私はそう思いました。まあ、これもまた勝手な解釈なんですけど。(^^;;; ただ、彼は中島さんが言ったように「理解されなくてもいいんだ」ということも言ってたんですね。それだけは、ああ、この人もまた中島さんと同じような気持ちを抱いているのだなと実感しました。 それで、やっぱり私はこの人に惹かれるべくして惹かれたんだと。 彼がかっこいい男だからとか、麗しい美女だからとか、そういうことではなく、彼という一人の人間として好きになったのだと確信しました。だから、私はとても幸せな人間なんだと、そう思いましたね。 で、またまた大げさなんですが、生きててよかったと思いましたよ。 生きてさえいれば、たとえどんなことがあったとしても、たとえガクトさんが過去の想い出の人となったとしても、またいつかそんな存在に出逢うことができると、それが人間じゃないとしても同じような対象が必ず見つかると、そう確信しましたよ、うん。 だから、何に感謝してよいかわかんないですけど、私の前にガクトさん、そして中島さんが現れてくれた、そこにちゃんと生きて存在して、その存在を私が知ることができたことを感謝したい気持ちでいっぱいです。 大好きです、中島さんもガクトさんも。 誰が何と言おうと、大好き。 お二人をぎゅっ♪ 今夜もまた幸せに眠ることができます。(^^) 09:07 皆さま、おはようございます。 今朝はすんばらしい天気です。(^^) 朝から旗持ち当番で「うおーたいぎー」(爆)と思いつつ、出かけてきたのですが、思わず清々しい気分にさせていただきました。時間が「はらら、何時だったっけ?」とあやふやだったせいで、ちょっと早目に行っちゃったんだけど、なかなかステキなひとときを過ごしました。 少しづつ昇っていく太陽、薄い雲のかかった青空、そよそよと吹く春の風は冷たくも暑くもなく気持ちよく顔をなでていき、東向きになってたのでちょいと眩しかった私は目を細めて思わず。。。 「ああ〜光合成してる気分〜」(爆) .......どこまでもネタまみれな私でした。(^^;;; でもね。ほんとそういう気分だったんですよ。光合成してる──つまり「ああ、生きてるんだー」という気分。わかります?そういう気持ちって。まあ、いいけどね、わかんなくても。あたしゃやっぱりヘンな女だからさ。(爆) それにしても。やっぱりお花見は行けませんですかねえ? 旦那は結局昨日もお休みしてしまいました。(^^;;; まあ、出張から帰ってきてからこっち、その疲れもたまってたでしょーし、趣味のこともガシガシやってらっしゃるし(爆)、いろいろ行く末のことでの心労もあると思うし、まあゆっくりしたらいいんじゃない?──ああ、なんて寛大な妻だろうと自画自賛。(マテ) ここらへんの桜はもうほとんど散ってしまってます。去年は近くの空港の公園でお花見したんですけど。 ああ、思い出す。桜吹雪を経験したんですよー。さいっこーでした。でもー、そのすぐあとに大熱出してしまって(あれはたぶんインフルエンザだったと思う)えらいめにあったんだけど。まあ、そのおかげで10キロ減量させていただきましたが。(^^;;; まあね、まだ見れないこたあないのよ。 霊峰大山(爆)があります。山行けば、まだこれからが見どころのはず。だけど、息子は学校だしねー。旦那は土日休みじゃないし。こりゃ、今年のお花見はあきらめるかな。。。 さて。ちょっくら学校に修学旅行の代金持っていってくるかな。子供に持たせずに直接持ってこいって手紙に書いてあったしね。(いや、命令口調じゃあなかったと思うぞ?^^;) そんな感じで今日も一日楽しく生きよう、そうしよう。(^_^)v 12:34 正直な気持ち、理解してもらいたいと気持ちがまったくないというわけではない私です。 ただ、やっぱり中島さんが言われたように「理解してもらおう」ではない。そうではなく。 「理解してくれなくてもいいから寄り添って黙って抱きしめてくれるだけでいい」 これに尽きるのだと思います。 昨日はお友達のAILyちゃんが日記をお休みする宣言をしちゃったのですが。 以前、彼女が別のIDで書いてた時から彼女の書くものがダイスキでした。あの時も日記書くのやめてしまって悲しい思いしたんですけど、けど、今度は違う。彼女は書きつづけるって言ってくれたし、それを読めないのはちょっと淋しいけれど、それでもやめるんじゃなく書きつづけてくれる、それだけで私は「よかった」と胸を撫で下ろしているのです。 私たちのような人間は「書く」ことが発散になるんですよね。 ただ、ときたま、その書いたものでそうは思わなくても、思わぬところで誰かを傷つけてしまうこともある。そして、それを突きつけられたときに、うろたえてしまうのです。けれど、書くことはやめられない。 ではどうしたらいいか。 それはもう誰にも見せずに書くしかないということになります。 けれど、少なくとも私は誰にも見せないということができない人間です。どんなものでも見せたくなる。こんなとき私は自分のことをストリッパーなんだなあと思ってしまう。文章ストリッパーとでもいうのでしょうかね。(笑) 私は理解されなくてもいい。 ただ、私は誰かを理解したい。 完全な理解は悲しいことにできないことなんですが、理解したい、そう思います。その気持ちが、AILyちゃんに伝わったようで、私はとても嬉しかった。こんな私でも「やさしい」と言ってくれ、それを「ステキ」と言ってくれた。私は彼女にも勇気付けられました。 そうだよ
いろんな自分 わけることできなくても バラバラでも そのまんまありのまんま 生きていけばいいよ だって 全部それはあなた自身だから 否定したらだめだと思う 否定せずに受け入れて それを生きる力に変えるの あなたならできるよ ゼッタイにね ちゃんと精一杯生きてるじゃん ダイジョウブ 生きていけるよ ダイジョウブ ゼッタイダイジョウブ AILyちゃんを、ぎゅ♪ 13:17 友達がメールでこんな言葉を送ってくれました。
これは田村由美さんの「BASARA」というマンガで、多聞(たもん)というキャラが言ったセリフなのですが、友達が「BASARA」最高の明言と言ってました。はい、私もそう思ってます。というか、私は他にも明言だと思っているのがあって、そのうちの一つとしてこの言葉を上げていました。 きっと彼女は許してくれると思うので、感激のままメールで私にくれた言葉を転載しちゃいます。(^^;;;
私は自分を本当に幸せ者なんだと、そう実感しました。強く強く。 ということで。ちょーっと長くなりますが、以前サイトで公開していたその「BASARA」の感想文。ぜひ読んでもらいたいので、またしてもれっつら転載。 さあ〜、暴走し始めたクレですよー、よろしくお付き合いくださいませ〜。(爆) ***************** 20世紀末に文明は滅び、その数百年後、人々は暴君の支配に苦しめられていた。主人公の女の子更紗の村である白虎の村は、暴君である日本国王の息子である赤の王に滅ぼされる。更紗の双子の兄タタラはこの国を救う救世主であると予言された「運命の子」であった。だが赤の王の部下に殺され、その時から更紗は女であることを捨て、亡き兄タタラを名乗り、戦う決意をする。だが、真の「運命の子」は実は妹である更紗の方だったのだ。 といった感じで始まるスーパージパング伝説。とにかくキャラが多くって。タタラとして生きる更紗ちゃんは時々女の子になる時もあるんだけど、その時に知り合う朱理という男に惹かれていくようになる。いつしか互いに愛し合い、それこそ運命の相手と思うようになるけれど、実は朱理は更紗の村を襲った張本人である赤の王なんですね。 今回、全27巻読破して、そのほとんどのキャラが好きになった私。どれが一番かって聞かれたら…やっぱ揚羽(アゲハ)でしょーね。更紗のせいで朱理に片目をつぶされたけれど、彼はその昔『命をかけることのできる女』にいつか出会うと占いで言われたんです。結局それは更紗であったんだけど、彼の株が上がったのは11巻からですね。牢獄に放り込まれ、囚人たちの欲望の的になりかけた更紗を庇って自らの身体を投げ出す揚羽。 「必ず守るから安心してろ」なんて、こんな危機的状況下で恋愛感情の生まれない更紗ちゃん。運命の相手は朱理だってわかってても、それはあまりに揚羽がかわいそすぎ。本人(揚羽)はそうは思っちゃいないだろーがね。 私は更紗と揚羽の関係を思うたび、まるで「エースをねらえ!」の岡ひろみと宗方仁のよーだと思いますね。藤堂さんという人さえいなければ、きっとひろみだってコーチを愛したはず……あっいけね、別の話になっちまう。 15巻で初めて更紗と朱理が身体を重ねた時、もちろん雨露をしのぐ屋根もない岩肌でのこと。あんなとこでそんなことやってたら身体中傷だらけじゃんと思うムードもへったくれもない私ですが、でも更紗は名言を残しています。「空が落ちてくる」なんてステキな言葉でしょう。男女の営みを屋内ですると決まったのはいったいいつのことからだろう。人間はいつから動物を捨ててしまったのだろう。私たちは果して人間として生きていくことに幸せを見いだせるだろうか……なんちゃって。そんなことまで考えちゃいました。 でもその後すぐに二人は互いを宿敵同士であると認識してしまうのです。 朱理の言った名言。「おまえがなんでもよかった。どこぞの姫でも奴隷の娘でも、敵対している王の娘でも、タタラ以外のものなら、たとえ実の妹だと言われてもオレはかまわなかったんだ」うーん、朱理ちゃん過激。だけども私はわかる気がします。ふたりの立場を考えると、確かに実の妹であっても許されることでしょう。この場合、ふたりを掲げている双方の追随者たちが納得できるかどうかにかかっていますからねえ。 そういえばもう一人重要な人物。ってゆーか、揚羽に対抗できるほどの(私の中でね)キャラがいるんですね。その名も浅葱(あさぎ)。一応朱理の腹違いの弟ってことになってんだけど、ずーっと更紗ちゃんにつきまとってるヤツなんだよね。最初彼に私が惹かれたのはズバリおかっぱ頭だから。厳密にいうとおかっぱとはちょいと違うかもしれないけれど。 だけどものすっごくヒネくれてるとこが女心をくすぐるのよねぇ。(って、そりは私だけ?)だけど、彼に対する気持ちは19巻で何ともいえない表情で更紗を抱きしめながら名言を残したところまでかな。「どうして朱理なわけ。どうして朱理がいいわけ。どうして、どうして? 一緒に行こうよ。僕と行こうよ」おおっ! 愛の告白…って、だけど浅葱にしても揚羽にしてもおそらく更紗を愛しているわけではなく、タタラを愛しているのではないかと私は思う。タタラというか、タタラを演じている更紗というか…。うーん、よくわかんないんだが。 さて、タタラ(更紗)の仲間というか、タタラにかかわった人たちの中には悲惨な死に目に合う人たちがいます。その中でも私が一番に上げるとしたら瓦版屋の太郎(タロー)ちゃんと何を隠そう揚羽ですね。 タローちゃんの名言。「オレは見たかったんや。この国の移り変わりを。王族の最期を。夜明けの光を。見て、知らせて、残したいんや。せなあかんやろ。おもろい時代に生まれたんや。せなあかんやろ。オレが…。死ねへんで。見るんや。見届けたる。オレが…」 彼は少し前に知り合ったあるモウロクしたじいさんに「死にそうになった時にはなあ。目の前にあるものに念を送るねん。ほいたらそれに乗り移って死んだあともそれと一緒に生きていけるんやて」という言葉を思い出し、目の前を飛んでいた蠅を見つめつづけた、こと切れるまで。そのあと、彼は首だけさらされるんだけど、どんなことをしても開かれた目を閉じさせることはできなかった。じっと王城を見つめたまま…すさまじい執念だなーって思います。 揚羽はラストのほーで、王城を一気に瓦礫にしてしまう仕掛けを、タタラたちが屋外に出てしまうまで地下で身体ひとつで支えた剛毅な男です。顔は女みたいにキレーなんだけどさ。 彼の名言。「ここは風の吹きだまり……か。行けタタラ。行け!」最期まで更紗とは言わなかった。やっぱ彼はタタラという人間を愛していたんだとわかります。 そして、瀕死の朱理を抱えたまま王城の中を彷徨うタタラの前に現れ(もちろん幽霊でしょうね)安全な道を指し示し、また借りを返さなきゃねと言うタタラに、もひとつ名言を残します、とびっきりのやさしそうな表情で。「借りはもう返してもらったよ」もう、号泣もんですよ。彼もまた地下でタローちゃんのよーに目をカッと見開いたままこと切れてました。 この話の中での名言の中で名言中の名言といえば次のみっつです。 一つは、死んでしまいましたが14巻に出てきた女瓦版屋の廉子の「誰もが本当のことを知って、自由にものが言えて、言っても殺されない世界があったらいいわね…」 二つ目は23巻で多聞(たもん)が言った言葉。「『心を受け取る』と書いて『愛』と読むのだす」(なまってんのよ) そしてなんといっても23巻で朱理が己の兵士たちに言う言葉。「支配されるな。間違うな。簡単にのせられるな! だまされるな! 己で、己で…! 己で、己の足で、己が! 己の望むことを! 己の望むように! 己で考え! 己で選び! 己で決めろ! 己を信じ、己を頼め、己で荷を背負い、己で責めを負い、己で守れ! 己の意志で、判断で、誇りを持って、己のために生きよ。それが、それこそが、それこそが、新しい国ぞ!!それこそが、新しい国の姿ぞ」スッゲーかっこいー!! このセリフはいつかどこかで聞いたことのあるものだけど、この作者、田村さんってすっごく効果的に使ってる! そしてラストでは、この物語の傍観者でもある謎の人(最後の最後まで謎のままだった)更紗を導いてきた盲のナギの言葉。「これは歴史の物語。人々の心の歴史。その輝き。美しさ。炎と、水と、風と、光と、大地の歴史───」 私は実はこのナギという人はもしかしたら王族の人間ではなかったかと思う。本編は25巻の半分で終わってしまったが、このあと作者は2巻と半分をすべて番外編で埋め尽くした。その中にナギの出生のことはまったく触れていなかったので、ちょいとガッカリしましたが、私は信じています。ナギは王族だったと。 私はひとつの長い物語があれば、それの長さに匹敵するほどの外伝があると思います。多くのキャラがいればその一人一人にまた別の物語が見えてくるのです。それはこの物語の作者である田村さんも同じらしく、たくさんの番外編を描いてくださいました。感謝感激です。特に最後の最後を飾った「SARASA」は私の大好きな滅亡思想型のストーリーです。といっても始まりを意味する滅亡ですが、この場合。 現代風のカッコをした、朱理と更紗に似たカップルが抱き合いながら世界の終末を迎える時。「生まれかわってもまた会えるかなあ」「そんなの信じてない」「そうなの?」「でも、また会うよ。会うよ」……で、物語の最初に戻っていく……好きなんですぅーこーゆー展開。 といった感じで、読みおわったばかりだからリキ入って感想書いちゃいました。壮大なストーリーみたいだなって漠然とでも思ってもらえたら嬉しいです。 ***************** 私は更紗のような人間になりたい。確かにこれを読んだときにそう思った。 むーん、もう一度読み返したいなあ。また涙涙で読んじゃいそう。(^^;;; |