7:35 02/12/09(月)曇り


「天ちゃん日記」56号。

えーと。
今朝は朝一で日記書いてます。
皆さんに、特にお一方に心から謝ることがありまして。矢も楯もたまらずといった感じで。

昨夜一通のメールが届きまして。
それは昨日私が書いた日記に対してのメールで「どうしてそんなに無神経になれるのだろうか」という内容でした。

他人の気持ちをわかる人間になれ───という言葉に共感を覚えた私なのに、今回の騒動にしても、今までに起こった諸々のことにしても、そして、昨日のメールの相手に対しても、私はなぜもこんなにも無神経な人間なんだろうかとひどい自己嫌悪に陥りました。
けれど、そうやって私に対して「それはないだろう」という言葉を投げかけてくれるということは己の行為を振り返るきっかけを作ってくれるということで、私はそれほどに落ち込みはしませんでした。

けれど、充分に反省はしています。

今度こそ、絶対に皆さんにご迷惑をおかけしないように心していかなければならないと、そう決心しました。

それにしても。

本当に言葉というものは怖いものですね。
そして、なんと相手に真意というものが伝わらないものか───わかっていたつもりでしたが、これほどだとは思いませんでした。
言い訳をするつもりはないのですが、私は相手がそう思うだろうとは思っていなかったのです。えっと……やっぱり言い訳ですね。

ただ、自分はこう言われても恐らく傷つかなかったと思ったからこそそう言っただけであったのですが、人によっては「傷つくんだ」とひとつ賢くなったと思います。

問題の個所は。

『それから、日記に反応しようと思って、なかなかできなかったという精神的にヤバめなあなた(爆)、だから、いいんですってば。(笑)
無理に反応されても私も辛いですって。(^^;;;』

この書き方が人を茶化すということだと、本気で私は思っていませんでした。
やはり私はどっかおかしいんでしょうかね。これが茶化す書き方だとまったく気付かないということは。

もしかしたら、私は本当に小説以外は書かないほうがいいのかもしれないと思いました。
いえ、そう言ってしまうと、また皆さんの心を痛めてしまうだろうと思うし、メールを送ってくれた方を傷つけてしまうと思うので、「書かない」とは言いません。これからも日記は書き続けます。
ただ、たとえ「天ちゃん日記」であろうとも、何でもかんでも書くというのはダメなんだ、もっと気を遣って書かなければならないだということを肝に銘じることにいたします。

本当に申しわけなかったと思います。

思えば、昨日のそのメールで、今回お別れしてしまった方の気持ちを痛いほど感じました。それが救いだったかなと。
もともと彼女が日記で「サイトを更新できずにほったらかしにしているのはダメ」というようなことを書いていて、それで私は彼女に「そういうことは言わないほうがいい。更新したくてもできずにいる人が見たら傷つくよ」と言ったことから始まった亀裂。
私は「できない人の気持ちも考えて」と言ったんですが、彼女にしては「できない人を非難したわけではなく」自分に対して言い聞かせたつもりであって、どうしてそういうふうに取られてしまうのだろうかと、そう心を痛めたわけです。
で、それに対して「そうじゃないんですよ」という気持ちをわかってもらいたくて一生懸命レスを書いたのに、それを私が「なんてひどいことを私は言ってしまったんだろう」と記事自体を見るのも嫌になって勝手に削除してしまったわけです。
その削除した理由を書かなかったために、彼女はお友達に「なんて大人気ないことをするんだ」と非難され、さらに傷ついたわけです。

まったく、私という人間は───ライコスの彼にも言ったですが「悪の結晶」みたいな存在だなと。

けれども、私は私でしかないわけで。
これからもきっと、ひどいことを言ったりしたりしていくだろうなあと思います。
自分がそうとは気付かなかったら、どうしたってそういう行為に至ってしまうだろうし。
だから、やはりちゃんと言ってもらわないといけないと思います、今回のメールのように。

ひとつ気になったことがあるのですが、メールを送ってくださった方が「もしかしたら嫌われちゃうかも」と最後に書かれていました。
私もよく相手に「こんな私だから嫌われちゃうでしょうけど」と言ってますが、それこそ「相手を信じていない」ということなんだなと、やっと気付いたです。
こんな私だから嫌われる───と思ってても言っちゃいけないことなんだなと。
私はいつも言ってます。
好きになったら絶対嫌わないと。
ああ、「もしかしたら嫌われちゃうかも」と言われることがこんなにも辛いことだとは思いませんでした。
批判されたから相手を嫌うなんてことないのに。
私はそこまで信じてもらえないんだなと。
そして、そういうことをいつも皆さんに感じさせているのだということを思い知りました。

そんな言葉をあなたに吐かせてしまったこと、本当に本当に申しわけなく思います。
そして、これからも、こんな私ですが、よろしくお願いします。

もっと人の気持ちをわかれる人間になりたい。

けれど、たぶんこれからもこんな感じで人の心を踏みにじる言葉を発してしまうだろうということはあり得ると思うので、その時はビシッと叱ってやってください。

今日の日記はこれでもう送信してしまいます。

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ライコス日記

2002/12/09(月) 圏内語。
趣味日記-創作・ネタ,女性の日記-お仕事

私の好きな作家、眉村卓さんが新聞でコラム書いていて、それが好きでよく読んでるんですが。
この間、「身内語、圏内語、一般語」というのを書かれていました。
ようするに身内にしか通用しない言葉が「身内語」で、専門分野とか職業とかそれぞれの世界では当たり前に通用する言葉が「圏内語」、そして、その「圏内語」で使われていた言葉が広く使われるようになったものが「一般語」というんだって。

で、思い出したことがひとつ。

あたしが以前勤めていたとこでも、もちろんその中でしか通用しない言葉っていうのが存在した。
接客業であるからして、常にお客さんがいるということを意識してなきゃらないから、昼食とか休憩とかトイレとかを社員同士でしか通用しない、いわば隠語で交わしていたわけです。まあ、どこの会社でもそうだと思いますが。

で、会社内でも、隠語というのとはちょっと違うんだけど、長い単語を縮めて言うことがあったんですね。
あたしも、けっこう単語を縮めて言うのって好きなんで、人のことは言えないんですが、その縮めた単語で笑い者になった覚えがあるんですよー。(>_<)←またしてもグチたれ天ちゃん。(爆)

郷に入っては郷に従えとは言いますが、その「圏内」に所属しているならば、その「圏内語」というのは熟知してないといけないと思う。
そのためには日頃から、彼らがどういう言葉を使っているかをよく聞いていなければ。
まあ、あれから、「?」となった短縮語は、すぐに親しい人なんかにそっと聞くようにして覚えるようにしましたがね。

2002/12/09(月) 起こること、起こらないこと。
趣味日記-創作・ネタ,感想日記-その他

眉村卓さんのコラム続けていきまっす。(笑)

眉村さんの奥さんはご存知の通りガンにかかられたわけです。
そして、奥さんがそういう病にかかったということで、眉村さんもいろいろと興味とか関心のあり方が変わったということです。

あたしも自分がよく病気になるということで、子供の頃から病気とか病院とか、そういうことにわりと興味があったものです。
しかも、ほとんど学校に来れずに入退院を繰り返していた幼馴染もいたし、あたしの父親も結局今は第一級の身障者となってしまいました。しかも義父はガンにかかった上に……去年亡くなったし。。義母も病院通いしてるし。

とかく病気とは無縁とはいえない環境に、あたしはいます。
唯一例外があたしの母親で、彼女は頑健な身体の持ち主で病気で倒れたということがありません。
そういうこともあって病気の者の気持ちはちと理解できないところがあるみたいです。それはまあ仕方ないのですが。

でまあ、話を戻しますと、その眉村さんが言われていることなんですが、『置かれた状況で物の見方が変わるわけだが、それぞれはどう処理しているのだろうか』と。

たとえば、震災とかあのテロとか───ああいう強烈な経験をした人は、確かに人生観が変わるともいえますよね。
実際、あたしも鳥取西部地震を経験したり、10年前に病気にかかり腹部切開手術を経験したり、さらにそのもっと以前に、乗っていたバスにクレーン車が突っ込んできて九死に一生を得たという経験をしていくにつれ、その都度『生への不安』というものについて考えさせられたものでした。

忘れられるものなら忘れたい───

けれど、実際に経験した人以外は記憶が薄れていくのでしょうが、経験したあたしは決して忘れることはできず、いつまでもその時の気持ち、痛さ、恐れがリアルにフラッシュバックしてくる瞬間があるんです。

あたしは今でも感じます。

背中が痛くなるとき。

少しでも周りが揺れるとき。

道路を歩いてて向こうからクレーン車が来たとき。

起こってしまったことは消しようがありません。
忘れることがいいことか悪いことか、忘れないということがいいことか悪いことか、あたしにはわかりません。

けれど、あたしは生きていかなきゃならない。
それだけです。

眉村さんは言います。

『無用の心配を意味する「杞憂」という言葉があるが…』

だけど、杞憂するという言葉はもしかしたら存在しないのかもしれない。
だって、病気、事故、犯罪というものが、いつどこで遭遇するか誰にもわからないわけでしょ。
それを心配してたら生きていけない───とは言うけれど、そういう心配だってしてなくちゃ、『不意打ちを食らう』と眉村さんは言ってます。

でもさらに『まず起こりそうもないことまで立ち向かう気持ちをいつも持つのは無理』とも言っておられます。
確かにそうだよなあと思いましたです。

それから。
起こりうることと対極を成す「起こらないこと」について。

眉村さんは、助かるはずのなかった人が奇跡的に治ったという話を以前聞き、それが自分たちにもあってもいいのではないかと思い、そう願ったと言います。
けれどもそういう奇跡は起きなかった。

すると、今まで書いていた異世界とか遠い未来の話、いわば非現実的な話がなかなか書けなくなってしまったと。今までだったらのめりこんで書いていたのに。

で、眉村さんは自分の心を分析してみて、これはやはり奇跡が起きなかったからなのだなとなったわけです。
もちろん、すべての人が奇跡が自分に起きなかったから、だから夢見ることや非現実的なことを真っ向から否定するということにまで気持ちが変わるというわけではないけれど。
けれど、少なくとも眉村さんは、とてもとてもその奇跡を願っていて、どうしても起こって欲しいと思っていたわけで。

それくらい強い気持ちが裏切られたとき───やはり感覚が麻痺してしまうのではないか。少なくとも眉村さんはこう言ってます。

『私の中のそうした感覚は、破壊されたとまでは言わなくても、大きな制約を受ける結果になったに相違ない』

思うんですが。
経験を積んでいけばいくほど、不思議な物語というものを書くのが困難になっていくのかなと。
何も知らない人間って、ものすごく想像力が働くと思うんです。
たとえば、よくたとえられることですが、月にはウサギなんていないと今は皆知っていますが、月には何がいるんだろう、あそこはどうなっているんだろうと知らなかったら、あれこれ想像が働いていろんな不思議な話ができあがったりしますよね。
それと同じことなんじゃないかと思うんです。

奇跡を信じていたのに───

それがやっぱり起こらなかった。
やはり不思議なことは起きるはずがないのだ───と。

最後に、眉村さんのこの言葉が、今のあたしの心にグッサリ突き刺さりました。

『心の仕組みは目に見えないぶん、始末が悪い』

確かにそうだなと思った今日の天ちゃんです。


BGM/12月のLove song/by Gackt


書いてる内容と
曲が一致しねー(^^;;;

【2008年追記】
曲と内容が一致しないと書いたのですが、その曲がどういった背景で作られたのかを知った今では、実は曲と書いた内容が合っているのだと今ならわかります。無意識に私はその曲をこの日記のBGMに選んでしまっていたのですね。不思議なものです。

2002/12/09(月) 残酷な天使のテーゼ。
趣味日記-音楽

天ちゃん、止まりません。(爆)

今日はちょーっと歌いたい気分だったので、ひっさびっさの一人カラオケをやってみました。

(ToT)ひょえー、声が出ねーよー。

ネット始める前は毎日家事をしながらワープロの電源つけっ放しで、「うおっ!」と思ったときに、ズダダダダーっとやってた仕事おっぽりだして、浮かんだエピソードとかをたったか打ち込んでおりました。
んで、その合間に「一人カラオケ」♪ d(⌒o⌒)b♪

仕事してたときに、優待販売でお客に買ってもらわなくちゃならなかったけれど、それが頼めなかった小心者のあたしはいつも自爆で物を買ってた、ボーナス払いで。(^^;;;
その時に買ったCDデッキ。マイクもつけてもらって買ったやつ。
もうそろそろ寿命がきてるかもしれない。音飛ぶようになったから。くっすん。(/_;)

あたしが歌うものっていったらやっぱアニメ関係ですねっ。(爆)
必ず歌うのは林原めぐみさんの歌なんだけど。
その中でも一番好きなのは「スレイヤーズ・NEXT」の「Give a reason」なんですが。
この歌ってば、ほんっと歌ってて熱くなります。(^_^)v

傷つくことは怖くない
けれど決して強くない
だけど何もせずに悔やむのはいや
走りつづける
誰にも止められない

そういった感じの歌詞が盛り込まれてて(このまんまの言葉じゃないですけど)、あたしゃー、拳振り回していつも歌うんでさー。(笑)

夢に向かってGO! GO!

…何だけど、今気付いた。
天ちゃん走るってタイトル───やっぱ無意識のうちに似たような感じのものつけちゃったのかなあと。(^^;;;

そうですね。

あのアニメを知ってる人だとわかると思いますが、あの主人公のリナって、あたしにとっても似てるかもしんない。
まあ、最近は食欲ないんで、あそこまで食い意地ははってないんですが、昔のあたしは凄かった。(爆)
彼女の魔術も半端じゃないけど、あたしもパワーあるって言われるしねぇ。

それから。
もう一曲。

あたしの中でもバイブル的な存在である高橋洋子さんの「残酷な天使のテーゼ」はご存知あの「エヴァンゲリオン」のテーマ曲ですが。
いわば、このアニメを知ったおかげで、あたしは仕事を辞める決心をしたわけで。(^^;;;

もちろん、いつか仕事は辞めようと思っていたけれど、でも、本当に自分は「仕事辞めます」って上司に言うことができるだろうかと思っていました。
仕事を辞めるって、けっこういろいろとしんどいんですよ。手続きとか。後始末とか。
めんどくさがりなあたしなんで、辞めたいと思ってても、なかなか切り出せない。
けれど、あのままでは仕事をしていたら精神的にもヤバいし、そして何よりも大好きな「書く」ということができなくなってそのまま年取って死んでしまうんじゃないかという恐れは抱いたわけです。

当時はすがりつくように手書きの日記とかで、毎日の居たたまれぬ思いを書き綴っていたわけだけども。
けれど、仕事をしていると日記だけは書けたとしても、投稿用の小説なんて書く時間は絶対取れなくて。
日記を辞めて小説書けばいいんでしょうけど、それもできない。
日記で自分の気持ちを吐露するのは、あたしには絶対必要なことだったわけです。

で、あの「エヴァンゲリオン」に出会ってしまった。
そして、あの「残酷な天使のテーゼ」を聞き、歌い、その情熱のままあたしは仕事を辞めた。
背中を押されたような気がしています。
これはまあ妄想こき女のたわごとなんですが。
女神なんかなれないまま───という言葉に、作家なんかなれないままと当てはめてしまったわけですね。(^^;;;

で。

やってやろうじゃんかっ!

おっし、みとれっ!

と。

ああ、熱い!! 熱いねー。(笑)
あたしみたいなもう若くない人間が、よくもまあこんな熱い気持ちになれたもんだと思いましたが。

ま、そんなわけで、天ちゃんは無事(?)仕事を辞めて執筆活動に入ったわけですが───いまだに芽は出ません。(ToT)

ほんとに「残酷な天使のテーゼ」でっす。(ToT)

ひゅるりら〜。(T^T)

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