2002年7月24日 13:42(水)晴れ


昨日はちょっと疲れたみたいで日記書きはお休みしました。

どうやら肝機能が低下してたらしく、背中は痛いし、ほんの少しだけど胸がムカムカするし、何よりもものすごーく眠かったのですが、それでも、息子を海に連れて行かなくちゃならないからってことで頑張って行きましたさ。
まあ、もうどうしようもないほどエラかったというわけじゃなかったので、ひたすらビーチパラソルの下でじーっとしてました。
この間海に行ったのは……おお、丁度2年前でしたか(2000/7/27)そのときの日記読んでみると──Σ( ̄▽ ̄;同じこと書いてるし〜。(爆)

『最近夜更かしとかしてたためにめちゃくちゃ体調悪かったんですね。』

って。σ(^◇^;)
いやはや、いかんですなあ。
でもま、昨日はそういうことでネットせずに早くに寝たし。今日は調子はいいみたい。(爆)

それでもまあ、ほんというと昨日は日記書きたい気分ではあったのね。ちょっと感慨深く思うこともあったし。まあ、それを語る前にその海でのことをちょろっと話しますね。

昨日はそれほど風も強くなく、薄い雲がたなびいた絶好の海水浴日和でした。2年前、今度来る時は私も10年ぶりに泳ごうかなあと思っていたけれど、体調のせいで泳げなかったのですが、まあこの間よりはだいぶ過ごしやすい浜辺でしたね。
けど、平日だったせいか、浜辺には人も少なくいいっちゃよかったんですけど……何だか背中に刺青を入れた方々が一家(一族?)で来られていましてね。(^_^;)
まあ、別にいいんですけど……うちの息子くんもマックシェイクの浮き輪で遊んでたら「お、いいもん持ってるね」と、それとわかる男の方に声かけられたりしてましたが。(爆)
そういえば、ワンピのナミみたいな刺青を入れている男の子もいましたね。年のころは高校生くらいでしょうか。一家の一人だったのですが。やー、目の保養(意味違う?)させていただきましたわ。

ただ、ちょっと一言。(大爆)

その方々が持ちこんでいたらしいのですが、水上スクーターを乗ってらしたんですけど……ううむ、ああいうところではあまり乗ってほしくないなと。そりゃ、気をつけてくださっていたと思いますけど、もしまんがいちってこともあると思うんだけどなあ。

あと、浜辺では女の子がかき氷屋さんをしていたのですが、その子が行商にきましたさ。(笑)
私がぼーっと座って泳いでる息子を見ていたら、前を通りかかったんですね。近づいてくるときから、なんか視線を感じていたので、あれ、この人声かけてくるつもりかなと思ったら、案の定「氷いりませんか?」と。そんなに売れてなかったのかなー。行商するなんて。けどまあ、あれだけ人が少ないんだからしかたないか。けど、非情な天慈さん、「いいです」と手を振った───ついつい電話で押し売りを追っ払うみたいに。(><)きゃー、ごめんねぇ。

ま、そんな感じで、体調はあまりよくなかったですけど、大事には至らなかったということで。

で、最初に言ってた、感慨深いということ。

境港市にはお隣の島根に渡る橋、境水道大橋というのがあるのですが、これはかけられてから丁度30年経ったわけです。30年前の7月22日が開通だったのですが、今までずっと通行料を取ってきたのですね。けど、昨日から無料で渡れることになりました。
海水浴場に行くときにその大橋を渡ったのですが、料金所が壊されている最中で、それを見ていたらいろいろと思い出がぶわーっと思い出されてきちゃいまして、何だかウルウルしてしまいましたねぇ。(><)
小6の春、卒業アルバムの編集で夜遅くまで学校で編集作業をしていて、あれは音楽室だったかな、あの窓からちょうど大橋が見えて、キラキラネオンがキレイだったこととか、松江市に行くときには必ず大橋を通って行ったのですが、車に弱い私はいつもゲロゲロしていたなーとか、中学のときに友達と海水浴に行ったなーとか、高校の時の強歩遠足で歩いて渡ったなーとか、その高校の時に好きだったSくんは、毎週大橋を自転車で渡ってピアノの先生の元に通っていたって話してくれたよなーとか、社会人になって灯台に行くのに、かりん党のみんなと渡ったよなーとか───なんか、いろいろこの大橋には思い出が染みついています。
その大橋が開通して30年───長かったなー、長かったけれどあっという間だったなー。これから後30年、果たして私はまだ生きているだろうか。そして、今日という通行料が無料になった日に思いを馳せることがあるだろうか、まだそのときも現役でサイト運営しているだろうか(爆)───なんて思っちゃいました。

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